北海道うららか散歩

  • 宏楽園の紅葉3
    北海道に住んでいるので、うらうらと散歩中に携帯で写真とったりします。並べておきますので、和んでください。下のほうの桜が一番古いです。
2018年10月
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けんさく。

ついった

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ここはあえてスピリチュアルで…

カトリック関係でもいいんですが、あえてスピリチュアルで…
前回のエントリを読んでいただければわかるように、
わたくし今悪魔の支配下です。
こんなエントリいつまでもトップでさらしておくのはよくないとおもったので
何か書かなきゃなと思ったのですが
ほんと教会の尊敬してる奥様は体調悪くしているし
そとは吹雪だし
先輩は咳が止まんなくて痩せていくし(おいおいしなねーだろうな??癌なの隠してんじゃねーだろうな??)
教会関係でいいことといったら件の女のチカンが4回続けてこなかったことくらい…

と思っていたら、久々に珍しい体験をしたので、記事ながすのに書いとこうかと思います。
今朝4時におきまして、昨日の午後からストーブを消してあったのでとても寒くて、あわててストーブをつけにいき、部屋が温まるまでと思って、電灯をつけて布団にもぐりこみました。布団にもぐっても寒かったので、服を着て入りなおしました。
そのうちにうとうとしてしまったようです。
昨日夜の薬を飲み忘れたので、機嫌は大変に悪く、姉に言われたいやがらせや、先生(心療内科)に言われた一言を延々呪っていました。
そのうち、ふとこんなことを思い出しました。
「このあいだ聖書と典礼に『キリスト・イエス』って書いてあったからまちがえて『イエス・キリスト』って読んじゃったじゃないか。だいたいどっちが正しいんだよ、イエス・キリストなのか、キリスト・イエスなのか。え、どっちなんだよ、キリスト・イエス、どっちでもいいのか、イエス・キリスト、キリスト・イエス、イエス・キリスト…」
そう何度か繰り返すうちに、頭のてっぺんから何か心の薬がしみこむようにすーっと柔らかい感触が広がって足のほうに降りて行きました。
…そしてわたしの呪いはそこで収束し、ここちよい眠気が訪れたのです。
 えー、とおもいました。
 カトリックになってから5年目ですが、イエス・キリストなのかキリスト・イエスなのかわかりませんがともかく主の御名を繰り返すことで、直接的な恩恵があったのは初めてです。(天使様への祈りは通じたことがありますが…。)
 昔一人で天使様相手にスピリチュアル修業していた時期は、時期が時期だっただけあってか(私は鬱傾向のニートで、母は癌でとても大変だった)しょっちゅう細かい恩恵があったものでした。例えば偶然JRが3分遅れて、ギリギリでのれたこともありますし(まるで走る私を待っていてくれたかのようでした)、わたしが外を歩いているときだけ吹雪が止むなんて、ほとんど毎日のことでした。絶対足りるはずのないお金が月末まで足りて、そのときはなんとも思いませんでしたが(家計簿もつけていたので)今一人になってその金額の乏しさを思うと、まるでエリヤの居候したやもめのうちのようでした。祈ればバスは時刻を無視してきましたし、席は必ず一つだけあいていました。

 わたしはそんなんで、祈りの力とか、運の調整をしてくれる存在とか、辛いときに背負って歩いてくださる方とかの見えない存在を確信するようになりまして、カトリックを信じたのも、そういう体験があったからなんです。
 「あなた詳しいみたいだけどなんでカトリックにしたの。ほかの教会も近くにあるでしょ」と神父様に何度か聞かれたのですが、わたしは多分、なんというか、「キリスト教神秘主義」を非科学的とか非現代的とかいう理由で最も退けていない、いまだに丸ごと奇跡を信じているのはたとえそれが形式的なものであっても、カトリックか東方教会のどちらか、だと心のそこでおもっていた、というのもいくばくかありました。プロテスタントや東方教会は金がかかりそうとか、うちの教会はおやつがでるとか、そういう部分もおおきかったし、多分一番大きかったのはいつもいってる向田ファミリー歯科の並びにあったから精神的距離が一番近かった、なんてあたりかもしれないんですけど…。
 ところが洗礼を受けてから、恩恵はガタリとウソのように減ったんです。求道者期間は、教会にかよっている喜びみたいなのがあったり、みんなで祈ることの心強さや、その祈りの太さに感動安心して、また、「神父様に教え習ってるんだぜ、これ以上があるかい」みたいな気持ちもあって、個人的に慢心したというのもあったかもしれませんが、ちょっと狂信者的な人に月イチで電話をよこされて、も●みとう真っ青な説教をされたり、
いろいろおかしなこともあったのです。
 変なことは洗礼を受けてから多くなり(洗礼そのものはすごかったです。うちの神父様霊力あるなーと思いました。油をぬったところが最初ばちっとして、そのあとクリスマスパーティーのあいだずっとびりびりしたんです。)(こんな経験してたので堅信は何もないし堅信名も呼んでくれないしがっかりでしたよ)母が亡くなって母方の神道の守りが消えたあとにはまあ鬼はでるわ母の幽霊はでるわで大変でした、父も死にましたし。Iさんがうちに上がり込んできたのもこのころですね。
 うちは神父様がマリア崇拝の強い方で(若い頃マリア院に住んでいたので、「マリア教の神父さん」とまでよばれていたらしい)、教会も被昇天の聖母というお御堂なんです。それでマリア信仰が強い教会なんですが、私は母が亡くなってやっと母との確執を乗り越えたばかりで、聖母に祈るというのにまだ抵抗があったんです。まあ、みなさんがロザリオをくださるので(6本ある…)ロザリオだけはたまにやっていましたが…。(特に母や父の付き添いで暇だったときはロザリオを繰っていまして、声は出していませんでしたが、母も父もマリア様から手を差し出されたそうです…父はマリア様とはわからず「子供抱いた若い女」といってました。母は「ごめん…マリア様断っちゃった…」とわたしにいってました。)それで、教会で週一時間もミサにあずかってるわけですし、洗礼をうけてから、信心が足りなかったかも、というのはほんとあるんですが、洗礼を受けてから本当に祈りが通らなくなった、という実感があったんです。最初のころは、日曜日早起きして、一時間ミサにあずかると、もうヘトヘトというのもあって何日も立ち直れなくて(あ…すいません、鬱傾向なもんで…。)もう十分だろう、と、思ってしまったというのも確かにありました。それにしても通らない。だって都合の悪いときだけ祈っていても天使様は祈りを聞いてくれたのに、今度はちゃんと勉強しててもだめなの…?…かえって集団でいることはよくないの?勉強することはよくないの?と大そう悩みました。
 多分、一般の信者は、変に聖書のエピソードをたどってその気になったり、みんなで太いいのりをささげて安心したりすることは、まあ、マニアックな趣味でしかないのかもしれません。それより一人で熱心に、苦しみをささげてキリスト・イエス…だかイエス・キリストだか…を寝ぼけて無心に唱えたほうが、信頼とか信仰という形に近いのかもしれません。

わたしは今回の恩恵をいただいて、本当にショックを受けましたし、信仰ということを考えてしまいました。思えば母や父の枕辺で、ロザリオを繰っていたときも、疲れ切って寝ぼけた状態に近かったような気がします。そして主のことなど何も知らずに無心に天使様にお願いとお礼を繰り返していた頃、母が抗がん剤治療に苦しんでいたころ、あのころこそが、ある意味で本当に天に通じていた形だったのかもしれないと思っています。そして本当に苦しんでいるときほど、天は人を助けてくれるものだと感じました。

朝方の眠りのせいか今日はとてもすっきりしています。
キリスト・イエスに栄えあれ。

君は何が怖い?

きみはなにがこわい、という児童書が昔わたしが子供だった頃あって、
姉が持ってて、借りて読んだんですよね。
あれ、かいたのもしかしてかのようろ…ま、作者はどうでもいい。
たとえば一つ目小僧や三つ目小僧といった妖怪がこわいかい?

などと先生が子供たちに尋ねる。そしてその標本をみせる。
いいかい、まったくこういう例がないわけではないけれど、
たいていは生まれる前か、生まれてすぐ死んでしまうんだよ。
そんな話をする本でした。

わたしは一つ目小僧や三つ目小僧は別に怖くない子供でしたが、
「この本にはなにか論理のすりかえがある」と
子供ごごろに感じていました。
ちがう、そもそも、「怖い」ってそういうことじゃない。
そう思ったのをよく覚えています。


なんでこんな話するかって?

それがね、…


今年の人形供養ことひな祭りを前に、
母がかわいがっていた人形をほとんど処分したのです。
そしてかろうじて残した姫達磨をかざって雛あられをあげました。

そうしたらお袋が化けて出やがった。
テレビの音がうるさくて目が覚めて
居間に出たら、おふくろが真っ白な髪をして、
いつもどおり塾の教材の採点してやがる。

ママ、何度言ったらわかるの、ママはもう死んだのよ…
テレビはきえて部屋は真っ暗に。
もうなれたことなのでトイレにいってから、コップに冷水を一杯。
ベッドに戻って電球を消し、すこしうとうとしていて
急に変な気配にまた目が覚めた。
でも目をあけちゃいけないと直感的に思い、
寝たふりをしていたら、
掠れた年配の男の人の声で、
「どれ、顔はみておかんとな。」
そしてわたしの顔を一瞬懐中電灯のような明りがてらして去りました。
そのときわたしは目をつぶっていたのですが、
ああいった方々は目をつぶっていてもみえるんです。
「…ま、いいか。なんとかなったし。」
その方はそう言うと離れていきました。

…ひとことでいうなら、一つ目小僧、でした。
子供ほどの身長で大きな目がひとつ。
しかし小僧というには年をとりすぎていて、
目のまわりにはしわが寄っていました。
…まあそのときのわたしのおびえようと言ったら
養老タケシもバカの壁なほどとでもいいましょうか、

怖いってそういうことだし、
一つ目小僧は解剖学とは関係ありません。

以上です。

岩陰の小さな花でもあんなに美しく主は装ってくださる

にぎやかな夜があけた25日、

わたしは「眠れなかったらマリア院の早朝ミサにいこう」
と思っていましたが、
モノっすごくやすらかにねむってしまい、
しかも朝4時から8時までの間ねむってしまい、
まるで
「…おまえ昨日さわいでたから今日は来なくていいよ」
と神様に言われたがごとくでした。
目をパチクリしてしまいました(^▽^;)

そのまえに22日の話をしましょう。
実は私、太ってしまいまして(貧しいと食べ物が炭水化物がちになり、太るのです。)
ほとんどの服が着られなくなりました。
定番にしていたチェックのスカートも入るか入らないか
怪しいところでした。
はいらなかったら洒落にならないので、
ウェストがゴムの安いスカートを一枚買うことにしました。
最悪、クリスマスもそれで行こうと思い、
超激安のSankiにいきました。
そうしたらなんということでしょう、
とても安い値段で、
赤い色の散った黒いロングスカート、もちろんウエストはゴム、
が売っていたのです。
それに、破れていたので困っていた長袖の下着も大特価でした。
…神様に感謝して買うことにしました。

そうしましたら
23日に姉がユニクロのフリースと靴下をプレゼントしてくれまして、
それがスカートにぴったりのおちついたピンクで
「…神様お姉さま」状態になったのです。

以前も実はこういうことがあって…財布には生活費が2000円だけ、しかも年末、
そして近々洗礼式なのに、というとき、
洗礼式にきるものがありませんでした。
大丈夫、神様はそんなこと、お気になさらない。
そう思って、自分を慰めていました。
しかしぶらりと気晴らしに入った店に、
たった2枚だけ、
白い綿のニットで編んだ素晴らしいチュニックがあったのです。
うわあ、なんてかわいいんだろ、こんな服を着て洗礼がうけられたら、
と、おばさんのくせにそれを手にとってみると
なんと
700円
でした。
神様が装えって言ってる…
そうおもって、私はその服を買い、それをきて洗礼を受けました。
なつかしい思い出です。

さて、そしてチェックのスカートは…
なんとなぜかはいったのです。
このスカート、わたくしウエスト63センチのころかったものですが
表記はウエスト70で、
今の私のウエストはそれ以上です。
なぜ入ったのかいまも謎です。
そして無事24日が終わり、25日、
わたしはお家賃を払いに
吹雪の中銀行へいきました。
途中で教会のいろんな人にあいました。
そして
「ああもうちょっと着替えがあると
洗濯がらくになるのだけど…」
と思いながら再びSankiによったところ、
なんとクリスマス用に仕入れたと思しき品が
大安売り…

大きいサイズを大喜びで買ったわたしでした。

…神に感謝。

母が旅立って一ヶ月です

怒涛の一ヶ月でした。
まだおわっていない事務手続きもちらほら…
気力がともなわなくてできません…
ほんとなんというか、
精神的につかれきっています
体は動くんですが…

北海道のここいらは大雪と厳寒が続いていて
起きるだけでも一苦労です。
うかつに暖房をケチるとトイレや風呂や湯沸かし器が凍る…
でも灯油は高いし、すぐなくなるし、困ったものです。

それでも母のお骨に毎日お茶をそなえながら、
「はいママおちゃだよー」とかやっています。
しおれてきたおそなえの花をふたつみっつとつまんで捨てて
きれいに保ったり…

話したいことは「あのね…」とはなしかけています。
まだきっと近くにいると思うので…

母の知り合いからきた年賀状に
寒中見舞いでお返事をかきました。
いがいとみんなおくやみ欄みてますね。
予想よりすくなかったです。

五十日まであとすこしですね…
そのころはちょうど母の誕生日です。

たまにほかの宗教の話

すっかりカトリックに染まっている私ですが
実はうちの亡くなった母は神道(神社さん)です。
で、うちの長姉は、激烈な神道信者です。
どのくらい激烈かというと、
引っ越すと一番近くの神社に必ずおまいりにいきます。
行きつけの神社さんが二つあります。
神棚に毎日酒と塩と米をとりかえてそなえています。
そして心霊マニアです…(遠い目)

神道のお葬式というのは本当は
お通夜からはじまって、告別式、出棺の儀と三日間やるのですが
うちは貧乏なので二日でやり、
しかも神主さんは出棺だけきてもらいました。
それも葬儀屋さんの破格のご厚意で実現したのです。

お供え物も海のものに山のもの、中華饅頭だのなにやらかにやら、
枕飾りに玉ぐし、
いろいろ大変です。
しかも着せる着物は高い、お棺高い、神主高いで
とても高いお葬式なのが本来だそうです。
うちは葬儀屋さんのご厚意でとても安くすませてしまいました。
ママごめんね。

いちばんやすいのはものみの塔だそうですよ?
みなさん改宗しますか?

そして亡くなった後、神道の場合、
亡くなった日をいれて数えて50日間神社に入れません。
障りがあるそうです。
そして親族で
10日、20日、30日、40日、と
「お母さんは死んだんだよ、楽になったんだよ、
自由になったんだよ」
と言い聞かせます。
50日目には神主さんに祝詞をあげてもらって、
母はお骨からはなれてゆきます。

で、心霊マニアの姉がはりきって十日ごとにきます…

心霊マニアの姉の心霊話を弾丸のごとくに五時間あびせられて
わたしは39度の熱がでました。
喪中なわけですからもうすこし話題をえらんでほしいです。
障りがあるという微妙な表現は
こういうことなんだなあとおもいました。
やれやれです。

あした教会でご聖体もらって食べて
お清めします苦笑

母がこの週末に

亡くなりました。
日曜日、お葬式だったので
カレンダーの売り子さんができず、
前日O先輩に電話して「母が亡くなってお葬式なので
カレンダーおねがいしまーす」と申告
ミサを休みました。
待降節のミサを休むのは初めてだなあ~
でもママン、年を越えれば80だったのに
おしかったね~

ママンは一足先に死の向こう側へいってしまいました。
もう今は骨が残るばかりです。
骨も、ぼろぼろでした。
ママン、大変だったね。
三年間、二人で闘病がんばってきたよね。
お互い、できることはやったよね。
ママン、今までいろいろありがとう。
またどこか、時の果てであいましょう。

最後の審判の日に復活して、会えるかな?

光明センター(いわゆる光明社)へ行こう!

カトリックの人なら多分誰でも知ってる光明社、
カトリックでない人も、しずしずとお行儀よく
いってみましょう。

なぜといって、じつは光明社には
「不思議のメダイ」が買うのに迷うほどあり、
そのほとんどが260円とかそんな値段なのです。
チェーンもとても安く売っているので
すぐペンダントにできます。
また、ほかにも十字架のペンダントトップ、
聖人のメダイもあります。
アクセサリーではないですが、ロザリオも勿論あります。

アクセサリーだけではなく、
書籍(メインです)、
CD、
きれいな絵のついたパスケースサイズのカード各種、
絵葉書、または絵葉書サイズのイラスト各種、
B5~A4くらいの天使やマリア様などのピンナップ各種、
ご像(マリア様や天使)、
きれいなろうそく、ぶっといのもあります、
トラピストバタークッキーをはじめとした
修道院のめずらしいお菓子
などなどなどなど
おもしろかわいいものがいっぱいあるのです。

不思議のメダイについてはググっていただいたほうが早いですが、
フランス発祥の奇跡のメダイ(メダル)で、
蛇を踏みつけたマリア様が両手にたくさんの紐を持っている図柄が表、
裏は十字、-、Mの絡まった図柄を星が取り巻いている図柄、
というものです。(楽天市場でも手に入ります。)
胸につけると
病気を免れたり(メダイはコレラの時代からあります)、
快癒したりなどの力があるといわれています。
マリア様が修道女の前に出現して
作るように言った物だそうです。

お店の雰囲気ですが、
ヴィレヴァンがカトリックだったらこうだったろう、
と想像していただけるとはやい(^▽^;)
書籍と雑貨が小さなおみせいっぱいにつまっています。
お店の人は親切丁寧で、とても優しいです。
入るとき「こんにちは」と小さい声で言ってみてください。
たぶん「こんにちは」と返してくれます。いそがしくなければ。
また近隣のシスターたちがきていることもよくあります。
運がよければ、
堪能な日本語を話す外国人シスターにあえるかも。

場所ですが、北11条教会の敷地内にあります。
天使幼稚園のとなりです。
住所は北海道札幌市東区北11条東2丁目2−10
ここです。

くれぐれも、お行儀よくしていってください笑

ビリっとな

夜眠ろうとしていたら
「…を見なさい」
とだれか男の人の声がしたのでびっくり
なんだか意味もわからなかったので
「それを見るべき人が見ますように」
と応えてついでに
「父と子と聖霊の御名によってアーメン」という決まり文句でしめたところ
いきなり頭がびりっとなって
またびっくり。

なんだったんですかね?!

声はね、あたまがおかしいのもあるのでたまに聞こえたりするんですが(笑)
やっぱりちょっと怖いですよね。
いやこわいものじゃなくて
「こんにちわ♪」なんてフレンドリーなときもあるんですが
でも怖いですなにげに。

そういう部分何気に
キリスト教徒になったので
神様頼みで守ってもらえるところが
洗礼受けた強みか…

あの「ビリッ」ときたのも
○だったからなのかバツだったからなのか
よくわからないままですが

ちなみに洗礼うけたときも
聖水はビリッとしました。
スピリチュアル的にいけば
油のほうがビリッときそうなものですけどね(^▽^;)

この日の夢には神父様がでてきて
「じゃあまた一年くらい勉強しようね、今度は美術史」
と言われるというなかなか衝撃的な夢でした。
(わたし洗礼受けるのに丸一年40回くらい勉強したんですよ汗
これ、破格に多いらしい)

そういえば洗礼受けたときにもらったアートバイブル、
さらっと一回見たっきりだなあ。
またみてみようかしらん?

なつのねこの2011年スピリチュアル編

今年一年をふりかえります。

■母が病院で誕生日を迎える■
去年の7月に職場で倒れた母が
波乱万丈の病院ライフの末
1月に78才の誕生日を迎えました。
お金がなかったので、
病院の近くのゴディバでホットチョコレートを
なけなしの金で二杯買って病院にもっていき、
二人で泣きながら乾杯しました。珍しくマジで感動しました。
母は手術のあと、二人の天使がおなかに入ってくる夢をみたそうです。

■母が4度目の手術■
もうお互い手術なれしてしまってわたしはぐうぐう寝ながら待ってました。
6時間の手術で子宮と卵巣全摘出、大腸の一部を摘出、小腸の3箇所を摘出しました。
今も病院にモニュメントのようにホルマリン漬けになってのこっています。
今時こんな大手術はめずらしいそうな。
母はたてに50センチほど切腹。
すごい傷跡なので入院仲間に自慢しています。

■教会に行き始めた■
昨年末クリスマスに行って、カトリックミサのおもしろさにハマる。
「1/1はミサのワインをふるまいますよ」と酒につられて通い始め。
ついになんと一回熱が出て「聖霊降臨」の回を休んだ以外は
まったく休まずに日曜教会通いした。
教会側でも脅威だったらしい。

■神父の小説がかきたいと思う■
思っただけ。

■3.11■
実は長姉の誕生日。
たまたま退院中だった母と口をあけて呆けたままテレビで津波を見る。
「…神戸のときは空襲みたいと思ったけれど、こっちはノアの箱舟みたい…」とつぶやく。
スーパームーンと重なっていて、なんらかの霊的大事件だったに違いないと
感じてはいるが、なにしろ素人なので詳細は不明。

■イースター(ご復活)のお祝いに参加■
十字架の道行きも一回だけ参加。
あれはしんどい。
ご復活もヨーロッパなら断食(肉断ち)の末のお祭りなので
日本でも苦行のあとのお祭りとなっております…。
ちなみに大掃除もします。

■野外ミサに参加■
風にひっくりかえった漬物の皿を足にくらう。

■やたらに研修の夢をみる■
とにかく寝てても忙しかった。
なんか、あまり優等生ではなかったけれど、
最後のほうではなんとかイケるようになりつつあり、
最近はあまり見なくなっている。

■父が二度目の離婚■
勝手にやってくれ。もう知らんわ。

■教会でクリスマスの飾り付けに参加■
クリスマスツリーかざったり馬小屋飾ったり…
たのしかったです。

■洗礼をうけました■
なんといってもこれが一番のスピリチュアル的大事件。
ある意味クリスマスの主役でした。
いっぱいプレゼントをもらってじわっと嬉しい。
教会便りの特集記事も組んでもらっちゃいました。
ロザリオや聖書やお祈りの本、ブレスレットにヴェール、
妖精のお人形に、お祈り用のキャンドル、…
なんかささかに結婚したか生まれたかのような
お祝いムードでうれしかったです。
ブレスレットはまったく同じもの二つ別々にいただいてびっくり。
わたしのイメージってあんなかんじなのかな?
てか
なんかなんとなくクリスチャンになっちゃったけど、いいのかね…???

■姉と母を教会につれていく■
それぞれ別につれてゆきました。
それぞれ別に笑っておりました。
母はクリスマスにつれてゆき、洗礼を見守っていただきました。

地デジ化

地デジ化した。
このことにスピリチュアル的な意味はあるだろうか。

スピリチュアル的かどうかしらんが、
多くの関連書籍の中で
「テレビを見るな」はスピリチュアリストなら
みたことのある言葉のはずだ。
テレビを見なくなると波動があがる、とかなんとか、
そんな言い方がされたりする。
菜食のすすめと同じページに書いてあることが多い。

で、
地デジの件ですが、
所得認定されている家には
一個だけ簡易チューナーが配布されました。
しかし、このゴジセイ、
所得認定されていないワーキングプアは
相当の数にのぼるとみられます。
そのなかには、多分、
地デジチューナーを後回しにせざるを得ない家庭
家庭よりも個人と推測されますが、
まあ、そういう世帯も相当数あることでしょう。

また、そこまで切羽詰っていなくても、
「まーちっとテレビ離れすっかなーこれを機会に」
と思う一派もいることでしょう。

もしテレビ離れが進むことになれば、
一説によると一週間テレビから離れるだけで
人間のココロの安定は飛躍的に向上するといいます。
いかにテレビが
不安やあせりをえさに物を売る機械であるかが
よくわかるわけですが

そうなると消費は落ちる可能性がありますが
スピリチュアル的には
安定した人間が増える可能性があります。

だとすると2012年に一部の人間に
スピリチュアル的に何かがおこるというのも
あながち馬鹿にできないかもしれない。
でも多分
いい変化だと思います。

より以前の記事一覧

お出かけ・本・グルメ別宅