北海道うららか散歩

  • 宏楽園の紅葉3
    北海道に住んでいるので、うらうらと散歩中に携帯で写真とったりします。並べておきますので、和んでください。下のほうの桜が一番古いです。
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

けんさく。

ついった

  • ついった
無料ブログはココログ

ご心配おかけして申し訳ありません(-_-;)

その後、

1か月ほど教会をほったらかして、家の周りの雑草などぬいてすごしていたのですが、

教会に行かなかったからといって、神様を感じなくなるということもなく、
むしろ楽になって、トマトを育てたりピーマンを育てたりしながら、
修道院の鐘の音がきこえると手をとめてアヴェマリアしたり、
食事の前に神様に感謝する習慣がついたり、
かなり心落ち着いて過ごしていました。

8月15日には北一条教会で行われた平和祈願ミサに出席しました。
イタリアから(イタリア語がよくわからなかったのでおそらくですが、聖体訪問でサンフランシスコなどもいったとのこと)来たという3人組の家族?の後ろの席になりました。
90近いお年を召したマダムと、多分その娘さん、そして娘さんの旦那さんでしょうか、弟さんかもしれないですが、男性のかた(この方はすこし日本語ができた)、献金の手順や聖体拝領の手順で少し困っておられたので、片言の英語で話しかけてお手伝いさせていただきました。とても敬虔なマダムでいらっしゃられました。

ミサの後には平和行進アピール(デモ)にでて、大きなこえで「戦争反対!!」などと叫びながら、歌を歌って行列で歩いてきました。最後は大通公園で、プロテスタントのみなさんと合流しました^^「勝利をのぞみ」という歌を覚えてきました。大通公園では盆踊りの真っ最中でしたので、少しだけ踊ってきましたよ^^

そのあとぼちぼち教会に復帰しまして、さすがに長期のさぼりで「あーこの子だめだわーつかえねーマジで」とみんな思ってくれたのか(やっと)、あれこれ言われなくなりまして、その後もミサ後のお茶会はほったらかして帰ってくるようにしております。話をするから悪いんですよね。ミサにだけ出ていればいいのです。そういう信者何人もいるのですから。

今年の夏はそとでよく植物をいじっておりました。
植物というのは、本当に、生きる力をくれますね。近くのお店で買った小さな苗にプチトマトがたくさん成りました^^ とても美味しかった。小さな水菜の葉をとってサラダも作りました。沖縄の友達がおくってくれた青じその種がたくさん育って、今もたくさん葉をつけています。
今年は北海道も虫が多くて、とくに我が家の周辺では「クジャクチョウ」という赤い蝶々がたくさん見かけられました。コガネムシみたいな金色の虫もたくさん発生して、葉っぱという葉っぱを食べつくされたときもありましたが、みななんとか持ち直しました。ホームセンターで枯れかけていた小さなパキラが投げ売りされていたので保護しまして、鉢と土を替えて太陽に当てて水をたくさんやったところ、なんとか生き返りまして、今は新しい葉が出ています^^ この丸坊主にされようが、枯れかけて捨てられかけようが、世話をしたらちゃんと立ち直って元気になる植物たちの生命力に、本当に元気づけられました^^

さて、今年もそろそろカトリックカレンダーの注文業務の季節が近づいております。ごちゃごちゃもめるまえに、エクセルで申し込み用の掲示物を作って、誰もいないときに貼ってきました。センパイから引き継いだお仕事なので、今年もなんとかやってみようと思います。今年は「お金渡したのにカレンダーくれない!!」とか言いふらして歩くボケたおばあさんが出現しないことを祈ります( 一一)。(言いふらす前に私にいいなさい。というか、これ、若いものいじめの常とう手段らしいですね。東京のカト友もやはりお婆さんにやられたそうです。)

先週はたまたま教会にぶらりと行ったとき、誰もいないはずが、ベトナムの出稼ぎの若者たちに日本語をおしえているYさんとばったり会いまして、ベトナムの子と一緒に日本語を勉強してきました。帰りに図書館を案内してあげました。絵本で漢字にカナのふってあるものをすすめました。たくさんよめば漢字が自然と読めるようになると思うし、わからなくても絵が楽しいと思うので…。日本のチョコレート菓子がおいしくて大好きといっていました^^
…で、わたしは頑張りすぎてそのあと二日ほど寝込みました(^▽^;) ダメですね、やっぱりどうも、役に立たないし仕事もできない私です。でもクリスマスに向けて、少しがんばりますね。

みなさんごしんぱいかけてごめんなさい。生きてます。メンヘラーの「現実」は一般の方の「現実」とは少し違うことが多いです。「認知のゆがみ」というそうです。なので、そんなに差し迫った危機にあるわけでは、多分ないのだと思います。ただ私が苦しいだけなのでしょう。多分大丈夫です。多分。


虐待死がありましたね

今朝はなんとか起きることができました。

何か書こうという気分にもなっているので、
スピリチュアルなことではありませんが、
ちょっと書こうと思います。
ヤフーの一面ニュースで、虐待死があったことを知りました。
覚せい剤をやっているお父さんが、息子の頭を殴って殺したそうです。
記憶にありませんといってるそうですが、まあ、薬やってハイになってたなら覚えてないのもさもありなんです。
罪が認識できなかったとして無罪になる可能性もあるでしょう。


問題は、この家庭が、以前も児相の立ち入りを受けているということです。
以前お父さんが、この同じ子供の腕を折ったのだそうです。
そのとき児相は、
・この子を今後実家で大勢の中で育てること
・児相が家庭訪問すること
などを約束し、お父さんも素直に受け入れたので、
『それを信じた』そうです。


多分一般家庭にお育ちの方は、
児相のやったことは甘かったかもしれないが、精一杯だった、と
思うのではないでしょうか。


ヤフーニュースには早くも少しコメントがついていましたが、
一件のまがまがしい呪術的コメントも含めて、
多分、虐待家庭に実際に生きている人たちと思われるものでした。
それらは大きく児相の処置の甘さを指摘していました。


ここに、一般家庭と、虐待家庭の、意識のズレというか、
認識の違いというか、
次元の違いをかんじとることができます。

うちもDV家庭で親が離婚しているのですが、
わたしが非常につらい思いをしても、母は
「家庭の恥だから決してよそで喋ってはいけない」と
子供を口止めします。
また口止めしなくても、子供は、親だけが頼りですから、
役所(イメージは警察…笑、子供ですから)に「言いつけて」、
親から嫌われたくないと思い、口をつぐみます。
それに、他人に助けることができないのを、子供自身はなんとなく
実感しているのです。

うちの姉の一人は殴る父親を殴り返しましたし、
もう一人は、母の言いつけを守らず、友達という友達に
家庭の状況を言いふらしていました。
わたしはというと、最初に友達に言ったとき、
友達がみんな作り話だと思って
「おもしろいねえ」と笑ったので、
そんなつらい思いは二度としたくなかったので、
人に打ち明けるようになったのは、父が教職を退職した後です。
おかげさまで、精神構造がゆがみました。


「おもしろいねえ」
いまでもあの友達の声や顔を覚えています。
ただ憎しみというより、
ああ、この人たちにとっては、私の家庭は、想像できないおとぎ話のような、ケロっ子デメタンの不幸とか、ミツバチはっちの不幸とかと同じなのだ、このひとたちは現実として受け入れられないのだ、とそのときはっきりと理解しました。

この認識は間違っていなかったと、昨今の児相の失敗のニュースを見るたびに思うのです。
児相の人は、多分、虐待家庭の現実を、いくら聞いてもわからないし、受け入れられないし、認識できないのです。なぜなら、自分が一般家庭で、親に保護されて、家族を信頼して生きてきたからです。そういう「健全さ」がないと、役人の試験や面接は受からないからです。
大学でちょこちょこと勉強してわかった気になっている役人ほどこわいものはありません。子供にとって最後のセフティーネットなのに、虐待家庭にある暗黒をわかったふりでなかったことにされてしまうからです。


虐待家庭で育つと、貧困の連鎖ならぬ「虐待の連鎖」が起こりがちですし、私のように精神構造がゆがむと、日常生活も困難になります。勿論しごとなんかまともにできませんし(実は女性上司に叱咤されると泣き喚くという悪癖があり、仕事場でも何度も指導されてきました。完全に母子分離不安の投影です。契約満了という形で首になっています。ニ●ティのサポセンでした。)、わたしのように運命のいたずらというか、不幸中の幸いに、「母の介護もあるから、この精神構造ではこれ以上労働は無理」という理由で生活保護が受けられた、などというめぐりあわせがないと、貧困に陥ります。ドロップアウトなんてはるか上のほうの話。


でも私は「虐待家庭に育った」というのは立派な一つのスキルだと思っています。一般家庭で「ぬくぬくと育った」(これ嫁入りのとき親への感謝でよく言う人いるよね)人たちとは、まったく違った価値観や危機感、感性をもっています。
「わたしにやらせろ」という意味では決してありません(前述のとおり、労働不可能ですので)が、児相や福祉の窓口には、最低二人、そういう「被虐待スキル」を持った人が必要だと思います。
わたしに言わせてもらえば、覚せい剤やってる父親が、なんで「約束を守る」と役人が信じたのかまったく理解できません。でも役人は信じたのです。

ここの家庭は父親もまちがいなく心に傷をもったまま大人になってしまったと思います。なぜそれがわからないのですか。
うちの父もそうでした。
母もです。
二人の間には、言語による意思疎通などありませんでした。いくら喋っても、指の隙間から「本当の意味」という砂粒が零れ落ちていくかのようでした。しまいには話もできなくなり、父のコミュニケーションの残骸である暴力だけが残りました。


信じるところから物事がはじまる、それはキリスト教徒ですから、わたしもわかっています。
けれども、あえて言います。その「信じる」は「信用する」であって、「信頼する」であってはいけません。
「信頼できる父親」なら、虐待などしないのです。
そしてああいう人たちは、概して外面がよく、結果としてウソになってしまう誓いを、自信をもってしてしまいます。まちがいなくそのときは自信があるのです。誓うときはウソではありません。でもけっかとしてウソになってしまうのです。
役所はそのことを肝に銘じなければいけません。まあ、無理でしょうけど。

繰り返しますが虐待窓口には「被虐待スキル」を持つ人間が必要です。仕事のない貧困の若者から、そういう人を探しては如何でしょうか。

母についで父も亡くなりました

冗談みたいな話ですが
30年前に別れた父と母、
母の半年後に父が後を追うようにして
他界しました。
8/5の朝でした。

肺だったので三週間ほど
病院のベッドで酸素吸入して、苦しんでいました。
でも死に顔は笑っていて、
誰か大好きな人が迎えに来てくれたんだろうね、
と、姉妹で話していました。

日曜礼拝で父のために祈っていただくつもりです。

いろいろしんどい

顔なじみのシスターに
身寄りがなくなったなら修道院にはいったらと
おすすめいただきました。
お医者に相談したら
「今重大な決定をしてはだめです。」とのこと。
そうだよねえ、痛いしくるしいから自殺しないだけって状態で
修道院もなにもあったものですか。

「結婚すればいいじゃない」
と教会のお友達が薦めてくれました。
「結婚するくらいなら修道院にはいります」
と即答した自分に驚きました。
そんなに結婚いやか。
自分ではいい人がいたら今からでも結婚するわなんて
親に言ったりしているのに
本音はそれか。

寒いせいか起き上がれなくて
空腹をかかえたまま午後の一時まで布団に埋まっている
もう無冬は嫌。
でもこれから
四旬節なんだよなあ…
この状態で
十字架の道行とか
無理…

日曜日は

使徒職大会で近所のミサはお休みでした。
藤の大講堂で司教様がミサをやったみたいで
司教様のお顔を拝見したいのも山々でしたが
わたし藤苦手なんですよね…(^▽^;)

でももしミサがあって
そのあとお見舞いに行ってたらまた倒れていたかもという
お疲れ具合
お見舞いだけで済んでよかったかもです。

今日は一日なので
あちこち銀行や役所をとびまわってきました。
そのかわりお見舞いはお休みしました。
新聞代の集金もナイスなタイミングで来て
家計簿をつけて…

明日はまたお見舞いです。
付き添いというには
時間が短すぎるから
やっぱりお見舞いかな。

来週はお休みしよう

今日はとてもいい天気だったので
母をつれて近くの店まで買い物にいってきた。
母は前回の入院で一週間ほどねたままでいたので
今はすごく筋力などがおとろえてよわっている。
ゆっくり歩いて
買い物荷物はわたしが持ち
母の食べたいおかずとおやつを指定してもらう。

冬季加算の時期が終わって
家計は火の車。
週明けまでに二回札幌に出なくてはならないが(二回とも通院)
(そして食事も街でせざるをえない)
今使えるかねは二千五百円。
交通機関はバスカードなんかがのこっているから
なんとかなりそうだけど…。さて…。

ちなみに母は禁止されているわけではないが
好き嫌いが激しくて
なんでもたべられるというわけではない
ファーストフードは一切駄目な年齢層だ。
チーズのことは石鹸のようだというし、
パンのことは「かすかすなたべもの」だとおもっている。
固く炊き上げたご飯さえ駄目で、
母の食べたいご飯はべちゃべちゃの
わたしにとってはきわめてまずいご飯だ。

まあそれでも外があったかくなってきて
すっかり春で
週明けには母の年金がすこーしだけでるし
(悪い時期に離婚したので年金は全額父がうけとっている。
母がもらっているのはあとで積み立てたいわゆる基金部分のみ。)
暖かくなれば暖房もいらないから
灯油代のぶんが楽になる。

急に暖かくなったせいか頭痛がするのだが
それもじきおさまるだろう。

四旬節と復活祭ですっかり疲れたので
来週はミサを休むつもりです。

タイガーマスク

…まだ行ってました…楽しいです、ミサ。
でもこの先は楽しいことばかりではないんだよなあ。

話は変わりますが
最近タイガーマスク・伊達直人が
ランドセルをおくって世間をにぎわせています。
心温まるよいお話ですね。

わたしよりちょい↑世代くらいでしょうか。
ちょうどお金があるんですよね。
普通なら。

今の時代がきっと
何となく
高度成長期あとの停滞に似ている気がして
思いついたのかもしれないですね。

ムスカファンのVIPPERからも届いたらしいですね。
ムスカのファンというのが笑った。
まあなんか、わたしもけっこうムスカがアレなんで…(^▽^;)

わたしもおくるとしたら
伊達直人より、じゃなくて
ムスカファンの1スピリチュアリストより、あたりなのだろうか…

本年もあと、残すところ数時間

本年も、あと、残すところ数時間となりました。
今年いっぱい、とにかく激動の一年で、母の病にあけ母の病に暮れた感が強いですが、
文字通り皆様のおかげさまでなんとか年の暮れを迎えることが出来ました。

渓仁会の先生方、看護婦さん、リハビリ士さん、スタッフのみなさん、
斗南病院の先生方、看護婦さん、スタッフのみなさん、
救急車で来てくれた消防士さん、
αヘルプサービスのみなさん、
お役所様、
うちのメンヘルのかっぱ先生、
姉たちと父とその後妻さん、
ご近所のカトリック教会の神父様やみなさん、
そのほかほかほかたくさんのみなさん、
勿論神様に天使様にご先祖様、
そして頑張ってくれた母に感謝します。

♪てんにはえいこう〜、地には平和〜♪

来年もお力を貸してください。
ありがとうございました。
よいお年を。

グリムスにみずをやらねば…

グリムスがしおれているので
なんか更新せねば…。

今日はよくある夢ですが
トイレをさがしてる夢をみました。
ようするにトイレに実際にいきたかっただけなのですが…。

そんなこんなで
眠い以外は
だいぶ調子良いです。

おどろいた。

今日はラッキーなことがあったので。

ポイントたまるサービスに、スロットのやつってたまにあるでしょ
スロットであたったぶんだけポイントたまるってやつ。

きょうのスロットが大当たりして
期限の都合上あきらめていたポイントが
ラインに届いて
みごとポイント券発行されたのでした。
ほんとびっくりです。
ありがたいことだ。

このぽいんと、もう5年くらいやってますが
大当たりしたの初めてでした。

ひょーーー。

嬉しい。ありがとうございます。

より以前の記事一覧

お出かけ・本・グルメ別宅