北海道うららか散歩

  • 宏楽園の紅葉3
    北海道に住んでいるので、うらうらと散歩中に携帯で写真とったりします。並べておきますので、和んでください。下のほうの桜が一番古いです。
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灰の水曜日/キリストの道行き/四旬節/黙想会

今日は「灰の水曜日」の灰の式が
日曜礼拝のついでにおこなわれました。
灰の水曜日は、このあいだの水曜日です。
去年また別の儀式で使った棕櫚の葉を持ち寄って燃やして灰にします。
その灰を、神父様は念入りに祝福。
今日額に十字につけてもらい、
「あなたはちりであり、ちりにかえってゆくのです」と
神父様に唱えてもらいます。

棕櫚の葉は勝利のしるしで、キリストがどこかに来たときにも
民衆がこれをなげて祝福した、とかいう由来らしいです。
だから、「諸行無常」みたいな意味をこめて
「ちりにかえってゆくのです」というのですが
キリスト教では魂は不滅ですので
ちりなのは肉体です。

こうして灰の水曜日から四旬節カ゛はじまり、
ホントは断食するらしいです。
ドイツでは金曜日に酢漬けのニシンしかたべられないとか…
わたしはばくばくおやつたべてます。
肉も食べてます。ホントは、肉は復活祭まで禁止らしいです。
キリストが40日荒野で悪魔と戦ったのにちなんで40日断食するらしいです。

さて、わたしのかよっている教会では今日は30分まえから
キリストの道行きを思う行事がありました。
神父様は参加しない集会行事です。
キリストが十字かをせおわされて、倒れながら死にむかって歩いてゆく様を
みんなで思う行事です。

キリストは罪もないのになぜか十字架にかけられました。
その道中のようすが、多くの教会では絵、ステンドグラス、レリーフ、木調などによって
左右の壁に飾られています。
わたしのいっているところはレリーフです。
その一枚一枚のまえで状況が語られ、祈ります。

たとえば
6枚目のレリーフは
多くの人たちにあざけられ罪人扱いされているキリストに
ベロニカという勇気と人間味ある女性が
汗と血を拭うために布を差し出すシーンです。
キリストはうけとって顔をぬぐって返したそうです。

主イエス・キリスト、あなたは悲惨な状況のなかでも、
勇気ある行動のできる人を求めておられます。
私たちもベロニカのように、人の思惑を恐れず、
苦しみの淵にある人に同情と救いの手を差し出す勇気をもつことができるよう、
力づけてください…

といったような祈りをとなえます。
震災の直後なので、
いちいち胸に沁みる祈りが多かったです。

そのあとミサをやって。今日は原罪のあたりをよみました。

んで、たまたまお隣の手稲教会で「黙想会」という謎の行事をやるというので、
参加する信者さんにくっついていかせていただきました。
ウチの神父さまに今日はお勉強会はなしにしてもらいましたが
「黙想会」というのもまあお勉強会でした。
聖書は記述者によって記述が違うけど「みんなちがってみんないい」みたいなお話とか
「あなたは今際の際に何と言って死にますか」みたいなお話とかでした。
手稲の神父さんもおもしろかったです。

ヨハネの福音書ではあの有名な「エリ、エリ…」というやつはでてこなくて
「成し遂げられた」かなんかすげかっこいい台詞でイエス様は亡くなられます。
わたしも「やりきったぜ」とか「ゴーーーーール…アハハ」とか言って死にたいです。
最後にギャグかまして死んだらかっこいいよなぁ。
でもスベったらめもあてられないな(^▽^;)

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