北海道うららか散歩

  • 宏楽園の紅葉3
    北海道に住んでいるので、うらうらと散歩中に携帯で写真とったりします。並べておきますので、和んでください。下のほうの桜が一番古いです。
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SFでスピリチュアル…?!「過負荷都市」

遊び紙に「壊したものは直しましょう」とかいてあるのが気に入って、105円の棚から購入。1988年発行の作品。
1988年といえはわたくしが多分浪人していたか、なんかそのくらいのころです。はい。
ばりばりのSFをスピリチュアルに読んだら多分怒られるに違いないと思うのだけど、まあいっか。
人間一人一人の常識(?)欲求やらを具現化してかなえ、常識の噛み合ないもの同士は棲み分けして多分幸せにするためのものでクォードラムというのがでてきて、なんかそれが世界を調整しているという世の中なわけです、はい。
ある朝夢からさめたらいきなり芋虫になってた、あれが、実に広範囲に起こってしまう世界でもあります。
何が過負荷かというと、クォードラムは人間の感情を計算の項目としていない。でも感情は様々な欲求やその具体的イメージとつながっているわけで、割り切れない感情的な欲求や不条理な望みは計算に負荷をかけてしまうのですな。
そうして世界が破綻していくわけです。
創壞士という3人組が、これを調整していくはめになるわけなんですが。
まあ、最後は若者たちが全面的にたてなおすんですけどね。
そんな話なんですが。

話はともかく、その合間合間にでてくる「人間というもの」のイメージが、とてもスピリチュアル系のイメージと重なる部分が多く、なにかをとても訴えて来ます。スピリチュアルでも「祈れば叶う」ていうとこありますからね。まあ、クオードラムほど激しくそれを現実化したりはしないですが。
「望めばどんなふうにでもなれる」としたら、何をのぞむんだろおなあ、わたしは。
もしかしたら、望めばどんなふうにでもなれるというのは、ある部分では、真実かもしれません。
想いの海のひとしずくというイメージは、わたしの思う死後のイメージに重なる部分が大きいです。

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